これはハリー・バルマー氏が観点という小冊子の中で語っていた言葉です。

私自身この言葉にはっとさせられました。

私達が「経験」という言葉を使う時、それはどんな意味を持つでしょうか?

ひとりひとり違うかもしれませんし、似ている部分もあります。

ハリーが言っている「経験」は「感じること」という意味なのですが、この「感じる」は一般に定義されている感じるとは異なります。

それは

「ありのままにそのものを経験する」

ということです。

その時、喜びをの感情を味わうのですが、それは感じることの副産物と言えるかもしれません。

よくこのブログでも「感じる」ということについて何度も書いてきました。これはそれほどこの世界を知覚する時のキーとなるのです。

私達は信念や思い込みや常識という観点ですべてを見ています。それはあらゆる抵抗を生み出します。その抵抗は

「こんな感情をしたくない」または「こんな感情を経験したい」

というものです。

もともとのソースのプライマリー(原初の目的)は

「経験する」

ということです。

ですから、これ以外はすべてセカンダリー(第二の目的)

となります。

このような矛盾する目的が葛藤を生み出します。すべてのセカンダリーをはずすとプライマリーだけが残ります。

するとあのもっとも素晴らしい「感じる」とういことを経験することになります。

ハリーの視点は素晴らしいものです。世の中の古今東西にはたくさんの視点や観点がありますが、もっとも素晴らしいもののひとつです。