人は天使にも悪魔にもなれます。

実際に世の中を見ればわかるように天使のように素晴らしいと思える人もいますし、まるで悪魔じゃないかと思える人もいます。

また、時には天使のようでも、悪魔のようになる人もいますね(笑)。

例えば、母親です。

子供を愛していますが時には、鬼のように怒ったりします。

でも、ベースにあるのは「愛」です。

たとえ、重要な犯罪を起こしてしまう人がいても、そこにはやはり肯定的な意味があります。

ただ、それが見えないと悪魔としか見えない場合もあります。

いずれにしろ、天使や悪魔もレッテルに過ぎません。

ソフトウェアのプログラムと同じです。ただの価値判断です。

高い意識から見れば、みな中立であり、感情的な価値判断がありません。

プログラムは消してしまうと、なんの判断もなくなるので中立になります。

中立はなんとなくつまらなく感じるかもしれませんが、中立の視点からの喜びというのもあるのだと思います。

まだ、私自身はあまり経験してませんが、喜怒哀楽すべてを喜びに変容させることができると思っています。

なぜかというと、すべてが経験であり、それはまるでゲームのようなものだからです(^^)。