悲しいことはたくさんありますね。

これは避けようがないです。

でも悲しいことは忌むべきことではないです。

悲しいことは悪いことではないから。そしてよいことでもないです。

価値判断をするから、悪いことのように見えるだけです。

悲しいことは、ある経験をしてそれに対して感じる感情です。

ただ、悲しいことを感じたくないから、悪いことのように思えてしまうんです。

例えば、家族が死んでしまったというような場合。

とても悲しいです。

病気で死んだら病気を憎しむかもしれませんし、病気を治療した医者を恨むかもしれませんし、病気になって死んだ本人に怒りを感じるかもしれませんし、病気になったのに気づけなかった自分を責めるかもしれません。

いずれにしても、悲しみがベースにありそれを、何かの責任にしようとして、自分の中で受け入れられないために、悲しみが継続します。

実は、家族が死んだのは、誰のせいでもないです。

ただ、起きたんです。そういうことが。

誰かや何かのせいにしてしまうと、その源は、誰かや何かになり、自分で受け入れることができなくなります。なぜなら、自分の範疇にないことだから。

そして、もしそうなったら、誰かや何かを許さないと、悲しみだけではなく、さらに苦しみを感じてしまいます。

逆に許すことができたら、その後、悲しみを受け入れることで、悲しみは消えていきます。

悲しいことを避けたいと思うのは人情ですが、悲しみを感じたらあとは、受け入れるのが悲しみを感じなくなるもっとも早い方法です。

だから、悲しみは悪者扱いしないほうがよいということです。

悲しみを悪いものにしてしまうと、悲しみを避けたいと嫌うことになり、さらに悲しみを辛いものにしてしまいます。

これだと本末転倒です。

悲しみは経験のひとつであり、ただそれだけだから。