こちらでありがとうについての観点を書きました。その続きです。前回はポジティブな「人に何かをしてもらったとき」を書きました。ではネガティブなものについてはどうでしょうか。

「人に嫌みを言われた」
「人に怒鳴られた」
「人に恨まれた」
「人に暴力を振るわれた」
など。

この時、たいてい嫌な気持ち、悲しい気持ち、つらい気持ち、相手を憎む気持ちなどになってしまいますよね。こんな気持ちの時、感謝できますか?。イエスキリストみたいな人ならできるでしょうが普通は難しいでしょうね。でもこのようなネガティブな気持ちを避けなくてもいいと思います。思いっきりそのネガティブな感じを感じてみればいいのです。本当にこれ以上ないってくらい感じるようにします。するとですね、不思議なことにその感情はなくなっていきます。昔の日本人はすごく耐えていました。貧困で苦しかったり、戦争で大きな悲しみがあっても歯を食いしばり耐える人が多かったのです。そして嫌な感情を味わってきたのです。そしてその感情を昇華して前向きな感情(お金持ち人なれる、豊かな生活を送れる、楽しいことがやってくるなど)を持ち、今のような経済的成功をなしとげたたのではないかと思います。感情が消えてしまったとき、自分の意識が広がっている感じや自分が成長した感じや自分の器が広がった感じ、他人を赦せる感じなどになっている自分に気づくかも知れません。だとしたらあなたは先ほどのネガティブなことを言われたことが実は「気づきの贈り物」だったことに気がつくのではないかと思います。ですから、ネガティブな感情を引き起こすような出来事に対しても

「ありがとう」

なのです。この世の中はすごくよくできています。ポジティブとネガティブの二元性の感情世界はすべて贈り物なんです。今はこれを実感しています。

「怒りたくなったら怒ってください」
「うらみたうなったらうらんでください」
「悲しかったら悲しんでください」
「泣きたかったら泣いてください」
「~したくなったら~してください」

自分の感情に正直であることは素晴らしいです。ありがとうございます。