今日はたとえ話をしようと思います。

車を運転するのは運転手です。

当たり前ですが。

で、私達人間は、実は運転手じゃなくって車の方です。

車にはいろいろありますね。

スポーツカーあり、セダンあり、軽自動車あり、トラックあり。

また、故障して動けないような車もあるだろうし、見た目が派手に塗装された改造車もあります。

多種多様です。

さて、車が私達人間なら、運転手は誰でしょう。

運転手は、「それ」とか「潜在意識」とか「超意識」とか「気づき」とか「神様」とか「おおいなるもの」とか、そういう何かわけらない「一なるもの」のことです。

なので、個人としての私は車をコントロールできないわけです。自分で動かしているつもりでも、車なので動かされているんです。

だから、車のままじゃ自分の思い通りには動けないわけです。

ですが、この車と運転手、実は、同じなんです。なので、本来は分かれてませんが、「車を運転する」という経験をするために分かれているだけです。

そして、車にも運転手同様に意識があり、その意識を変化させると、車であり、運転手でもあるということを実感できるようになります。

まあ、その時には、区別すること自体意味がないことを悟っているはずですが。

こういうことがわかってくると、人と自分が違うとか、自分は人より劣っているとかがナンセンスだということに気づくと思います。

例えば、人をうらやましいと思うのは、軽自動車が、スポーツカーにあこがれているようなものです。

軽自動車は、軽自動車にしかなりえないし、それでいいからです。

軽自動車はスポーツカーに劣ってないんですよね。

単にスポーツカーは、軽自動車より速く走れるということだけです。

軽自動車は、スポーツカーよりコンパクトで燃費もいいです。

なので、それぞれ独自の特質を持っているというだけなんですね。

なので、自分が人より劣るとか、ダメだとか、全然そんなことないんです。

単にそういう車だけのことなので。

と言いたいことはこういうことなんです。

いかがでしょうか?

たとえ話なのですが、わかりやすかったでしょうか(^^)。