苦しみを生み出している源とは、「自分」です。

ある環境の元に経験をして、その経験から自分というフィルターを通して苦しみを生み出します。

仏教ではこのフィルターを変えることで、苦しみを消し去ることが目的です。

いわゆる悟りです。

結局、自分(=源)は自分(=源)の意図で、苦しみという経験をしているわけで、その意図がわかると、

「自分はもう苦しむ必要などはなかったんだ」

という気づきがあるのだと思います。

だって、自分の意図を変えれば、いいだけなので。

意図が何かを探るには、内観するのが一般的な方法かと思います。

まれに、「はっ」と気づくこともあるかもしれませんが。

自分でもやってみたりしますが、なかなか「なるほど、そうだ」って感じにはなりませんね。

まだ自分でも気づいてない意図があるのかなと想像していますが(笑)。