禅の修業や瞑想などは、悟りに至る道筋として利用されますが大事なのは、いかに考えずに今にいるかです。

人は常にいろいろな思考や感情が出てきてしまうものですから。

これは、自分が起こしているのではなく、勝手に起きています。

何かがあると、すぐに意識が反応し、感情を感じ、思考が生じます。

思いを自分でコントロールできるなら、止められますがそうではないなら、止めるのは難しいです。

ですから、思いが出てきてもそれに囚われずに今に意識をフォーカスすることが必要となります。

これは集中です。

集中をすると、時間感覚がなくなり、気づくと時間があっという間に過ぎています。

集中をすると、存在感覚がなくなりその場と一体となり、気づくと自分がいます 。

我に返ると思考と時間が支配する場所です。

真実は無我なのなら、我に返るとは、幻想の世界になります。

ですが、私達は幻想の世界こそ、リアルな現実世界だと思っています。

これは、理屈で理解しても、実感としてそうわかるのは、難しいことです。

小さな子供は今ここにいることを難なくやってのけますが、悟って今ここにいるのとは違います。

仏のように悟っているなら、智慧があり、慈悲があるからです。

これは、動物の場合も同じです。

動物もある意味、悟っている(無思考という意味で)とも言えますが、智慧や慈悲はありません。