最近、ふっと思いついた言葉です。

光だけしかないと、そこら中が光なので、光があること自体意識しなくなってしまいます。

例えれば、空気のようなものです。

当たり前すぎて、意識しないのです。

でも、闇の中に光があったらどうでしょうか?

すごく目立ちますよね。意識がそこにフォーカスします。

すると闇がありがたくなってきませんか?

闇があるからこそ、光が見いだせると。

では、この三次元世界に視点を移しましょう。

あなたの中にネガティブな感情を見いだせることがあると思います。

例えば、政府や東電の対応や放射能汚染や食中毒事故やその他のいろいろなこと。

これは闇のようなものです。

でも闇の中にはいたくない、なんとかしたいと思うわけです。

そこで光を探すわけですね。

どうしたら、ネガティブな感情を持たいないようにできるか?

政府、東電、食中毒加害者を責めて、なんとかしろと言うこともひとつの方法ですがこれって、実際はすごく遠回りな解決方法です。

別に意味がないというわけではないのですが。

このやり方は自分のネガテイブな感情の解消を外側のをなんとか変えて解消しようとするやりかたです。

例えると、自分の家が火事なのに、両隣に水をかけているようなものです。

それよりも、直接、自分の家に水をかけたほうが早く鎮火できます。

もし、自分の中にネガティブな感情が出てきたら、それは自分の中に闇の部分があるのと同じです。

言い方を変えると、闇を見ているのは自分の反映なのです。自分で闇を創り出しているという言い方もできます。

「では光はどこにあるのか?」

光は闇の中にこそ見え易くなります。

「辛い時、ちょっとしたことがすごく嬉しかったりする経験がありませんか?」

これは闇の中に光を見たのと同じことです。

闇にフォーカスしないで自分の中の光にフォーカスしてみてください。

光をイメージしたり、波動の高い言葉にフォーカスすると、光は見い出しやすいです。

二元性の世界は面白いですね。必ず、反映になっています。

光だけの世界はすごく素晴らしいですが、闇から光へ変わっていくプロセスもまた素晴らしいです。