アバターのワークをしていた時、何度か経験した状態が

「私は在る」

です。

この「私は在る」ですがひとつの信念です。意識が生まれた時、自我の目覚めとともに最初に経験するのがこの

「私は在る」

です。

最初に経験したのはアバターコースの第二部だったと思います。ちょうど外でのワークで駅前にあるロータリーのところに自分がいた時、突然

「私は在る」

という状態になりました。

「ああ、これがそうなんだ」

って嬉しさが込み上げてきたのを覚えています。

ただ、ワークでは「私は在る」を経験することが目的ではなかったんですけどね。

あと、韓国のアバターマスターコース(アバターを教えるための資格をとるコース)でも1度同じように

「私は在る」

という経験をしました。これはちょうどホテルの前の花壇のところでした。

「ああ、またこの感じだ」

と思いました。

「私は在る」というのは実は常にあるものです。

「あなたはないですか?」って質問されたら

「私は在ります」

ですよね。当然なのです。

デカルトが「我思う故に我あり」と言いましたが思うってことは在るってことです。

私達はいろいろな信念を持っているんですが信念をどんどん消していくとこの

「私は在る」

に突然、気づくんです。

今までたくさんあった信念に隠れて見えていなかったものが見えてくる感じでしょうか。

で、何度かこの「私は在る」って信念を消したらどうなるんだろうって実際にやってみたりします。

どうなると思いますか。

無念無想に近い感覚かもしれませんし、坐禅で瞑想して何も考えていない状態かもしれません。

思考がなくなっている感じです。

人によってはもっとぶっ飛んだような経験をするかもしれません。

意識の探求のひとつとして、なかなか興味深いものです。