責任をとらない 公開日:2008年9月2日 スピリチュアルストリームスピリチュアルフィール 朝、TBSの番組で自民党と野党が福田総理大臣の辞任に関する討論をしていましたが、「責任のなすりつけあい」でしかないという感じがしました。ここで書いたように自分の価値判断がどうしても先にたち討論が混乱をもたらしているだけなのです。誰もが責任をとりたくないから、「責任をとらない」と思っているのでしょう。責任をとらないことで「私は責任をとれるほどの力はない」と宣言しているようなものです。ホ・オポノポノ流で私ができることは「この混乱の責任は私にある」と宣言し、自分の中をクリーンすることだけです。 関連記事 人を助けたい見つめるAmazon『ザ・ゴール2』迷いがないとは?昨日の飲み会 投稿ナビゲーション 制限があるから価値がある条件付きの愛と価値の限定