恐れは、分離感がある限りずっとやってきますね。

そして分離感があるからこそ自分に意識が向かい、自分を守ろうとしてしまうので、恐れを創り出してその恐れにおびえてしまいます。

いくら論理的思考で、自分は本当はないのだと思っても、それは、思考なので、信じているというかそれが当たり前にはなっていませんから。

恐れがあるなら、それと向き合わないと恐れがなくなりません。そもそも、無我なら恐れはないです。恐れるのは誰かと言うと自分だから。その自分が無いなら恐れはありません。

無我になるには、考えないといいわけですから、瞑想とか座禅とか集中とかがいいです。

ここ最近、無意識に流されてしまっていたので、ちょっと引き戻したいと思います。