「私だけの仏教」

これは、玄侑宗久さんの著作です。

ちょっと刺激的なタイトルですね。

そもそも、仏教はお釈迦様からスタートしたわけですが、今に至るまでにいろいろな影響を受けて、宗派が多数に分かれ、その宗派の中身も過去から現在に至るまでに変化しています。

ですから、いわゆるお釈迦が語ったことは、正確に伝わっている保証はほとんどありません。

というか間違いなく、違っているでしょう。

なので、結局、いろいろな仏教や他の宗教を学んで、いいとこどりをして自分なりの仏教を創ってしまえばという提言です。

なるほど、と思いました。

別に仏教というちょっと堅苦しい教えではなく、自分の価値観や考え方のベースとして、私だけの仏教を持てばいいのかなと思います。

世界にはいくつもの宗教がありますね。

キリスト教、イスラム教、そして仏教。それに、自然神、儒教や道教など。

私は詳しくはないですが、それぞれによいところがたくさんあります。

一人の人間の価値観を1つの宗教だけに押し込めておくのはとても無理で、たぶん、価値観の数だけ、信じることはあるはずです。

結局、同じ仏教徒同士やキリスト教徒同士であっても、一人一人信じていることは違うので、自分だけの仏教や自分だけのキリスト教になってしまっているはずです。

もちろん、基本的なベースの考えは似ているのでしょうけどね。

私自身は、宗教の中では、仏教や日本の神様的なものが、どちらかというと肌に合うかなと思います。

ただ、ヒエラルキーは好きじゃないので、フラットなものが好みです。

だから、キリストの神様に祈るようなものや日本神々を奉るようなものは、好みではないんです。

単に悟りや目覚めを得るなら、瞑想や禅など、自分を内観することの方が効果があると思います。

何かを祈ったり、奉るのは、感謝することの他にそこに何らかの欲求や執着があるように思ってしまいます。

まあ、これ私の価値観に過ぎないので、他の人が信じることについて、何ら思う所などありません。

個人個人が何を信じるかは自分で選べばいいだけなのですから。