受容や共感についての気づきです。

例えば、

「あの人は素晴らしいな」

って思える時、

「何を意味していると思いますか?」

波動の高い状態に気づいているということでもあるし、共感しているとも言えます。

そして受け入れている状態ですね。

実はこのような時、すでにその素晴らしい人と同じものを

「自分が持っている」

ということなのです。

キリストが素晴らしい、マザー・テレサが素晴らしい、釈迦が素晴らしい。

こう感じるなら、すでにそういう意識を自分が持っているということであり、さらに言えば、

自分=素晴らしい人

とも言えます。

このブログを読む人にとっては当たり前のようなことかもしれませんが。

でも、たいていは素晴らしい人だなと思ってそれで終わりのことが多いのです。

自分と分離しているのでその人と同じになれると思っていなかったりするわけです。

宗教などで、カリスマに依存するのはその典型かもしれません。

すごい人を見ると、自分にはできないって言う意識がその根底にあるわけです。

自分にもできると思えるなら、共感したとしてもカリスマとして敬うことはしないでしょう。

なぜなら、特別じゃないから。

ただ、この世界は価値観の世界なので違いを産み出して、多様性を探求しているのです。

まるでアドベンチャーゲームのようです(^^)。