嫌なことを経験しなかければならない場面に出くわすことがあります。
そんな時、選択権が自分にあるので
「やる」
「やらない」
は、自分で決めることができます。
自分で決めることができるのに嫌な感情を抱いてしまうのは
「やる」ことで得られるものがあり、
「やらない」ことで得られないものがあるからです。
例えば、私の場合、朝、ヨガをやり、ウォーキングに行っていますが寒いと正直、ベットから出るのは
「嫌なこと」
です。
でも、やらないと
「身体がだるかったり、調子が今ひとつ」
であったりします。
一方、やると
「身体はしゃきっとして、調子はよい」
のです。
結局、たいていの場合(天候が悪い時はお休みします)、
「やる」
を選択します。
選択は自由ですがより
「喜びが大きいほう」
を選択しています。
人の人生は選択の連続ですが、より喜びの大きいと感じることを誰もが選択しているはずです。
そして、選択の対象だけでなく、選択するという行為自体も喜びなのでしょう。