私は他の人に比べるとスピリチュアルかもしれませんが、善人ではないです。

別に悪人でもないのですが(笑)。

スピリチュアルな人=善人

ではないのです。

なぜ、こんなことを書いているかというと、あるセミナーを受けて電車に乗って帰宅する時、シルバーシートの前の席が空いてすわったのです。

数駅過ぎた後、年配の白髪の女性が私の前に立ちました。

年齢はわからないのですが、首のあたりにシワがあったので、65歳以上の方でしょう。

でも、疲れていたので席を譲りたくはないなと感じました。

まあ、譲らなくてもよかったのですが、待てよ、後で罪悪感を感じるだろうなと、嫌な気持ちになりました。

そして、母親と同じぐらいの年齢かなと思って、母親だと思ったら、急に席を譲ろうと立ち上がっていました。

この一連の心の動きの中でわかるように、私は善人ではないのです。

善人なら、すぐに立ち上がって席を譲ったでしょう。

私は善人ではないのですが、善人にもなれます。

私は悪人ではないのですが、悪人にもなれます。

どちらにもなれるということです。実際に、どちらもやっています。

何が言いたいかというと、誰もがどちらの側面も持っているということです。

たとえ、尊敬すべき人、聖人と呼ばれる人でも。

もし、この人は悪いことは絶対にしない人です、という人がいるなら、その人は聖人を演じている人だってだけです。

単に悪い部分を表現していないだけ。

逆に言えば、悪人と言われる人も悪人を演じているだけ。

演じている部分を取り除いたら、皆、同じです。