気がつけば、60代も半ばに差し掛かっている。
若い頃は「60代なんて、もう人生の晩年だろう」と思っていたが、実際にその年齢になってみると、意外と体は動くし、頭の中はまだまだ好奇心でいっぱいだ。

理系出身ということもあってか、今でも「なぜだろう?」と考える癖が抜けない。
たとえば朝のコーヒー。毎日同じ豆を挽いているはずなのに、気温や湿度、あるいはその日の自分の体調で味が変わる。実験の条件を揃えたつもりでも、結果が揃わない。人生そのものが、そういう「実験の連続」なのかもしれない。

最近は、スマホやパソコンを通じてAIに触れる機会も多い。正直、若い世代よりも便利さを実感しているのではないかと思う。なにせ昔は、ちょっとした調べものでも図書館へ行き、重たい本を引っ張り出す必要があった。今は机の上で「なぜ?」を投げかければ、答えが返ってくる。便利を通り越して、ちょっと怖いくらいだ。

ただ、便利になった一方で「人間の存在意義」について考えさせられることもある。AIがほとんどの仕事をこなせるようになったら、自分たちは何をするのだろう。…といっても、そこまで深刻に悩んでいるわけではなく、「まあ人間は不完全だからこそ面白いんだろうな」と思う程度。

60代に入ってからは「体を壊さず、毎日ちょっとした発見を楽しむ」ことを意識している。新しいことに挑戦して失敗しても、それはそれで実験結果のひとつ。まだまだ、自分という実験体で遊んでみるつもりだ。

どうだろうか?

ちょっと違和感があるけど、初見、わからないかもですね。

まあ、AIが書いた記事をAIが読んでいいねを自動で押すとか。

これって意味がないですね(^_^;)。